これまでの今月の口琴
Koukin of the Last Months |
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01. サハ共和国 /ホムス(ロマン ピニーギン製作)
Sakha Republic (Yakutia) / Khomus (made by Roman PINIGIN) [2002.01]
ケースの観点から考えると、世界の口琴製作者は、2つのタイプに分けられる。第一は、ケースは、単に楽器を保護すればいい、という実際的なタイプ。第二は、ケースの形や装飾などが、口琴の音色にまで影響を与える、というアニミズム的(?)タイプである。マンモスの牙細工の作者としても知られるチュラプチャ地区(ウルス)のロマン・ピニーギンは、後者の代表格の一人、といったところか。
サハの口琴ホムスは、馬のイメージと重ねて考えられる場合が多い。演奏においても、馬蹄のとどろき音は定番。馬のいななきを声で真似するテクニックも、ホムス演奏に取り入れられている。
馬は、サハ人にとって最も神聖な生き物である。元来、牛と馬の牧畜民であったサハ民族にとって、馬はもっとも頼りになる動物だった。マイナス50度を越す厳しい冬の間、牛は家の中に入れて、夏の間に刈った干し草を食べさせなければならないが、馬は、外で、自分で雪をかきわけて餌をさがすことができる。
サハでは、6ヶ月の仔馬を、食用に特別に育てて、食べる。モンゴル人は、馬は神聖なので、食べない。サハ人は、神聖な故に、食べる。同じ騎馬民族でも、このあたりに、わずかな意見の相違が見られる。
3月は、サハ語でクルン・トゥタルKulun Tutar、「仔馬(クルン)の生まれる月」である。半年後、ウバハubahaとよばれるようになった仔馬を殺し(日本の出世魚のように、サハでは、牛や馬は、年令によって名前が変わる)、天然の冷凍庫すなわち「外」に保管し、厳しい一冬の間の食料とするのである。凍りついた肉を薄くそいで、そのまま食べるのが一番うまい。 |
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02. フィリピン ミンダナオ島 / クビン(マラナオ族)
Mindanao, the Philippines / Kubing of the Maranao [2002.03]
1989年7月。フィリピンのミンダナオ島を訪れた。マラウィという町で、マラナオ族の口琴クビンが入手できる、という情報を得たためだ。ミンダナオ島のカガヤン・デ・オロまで、マニラから飛行機で1時間半。この町で出会った、タクシーの運ちゃん、レストランのおやじさん、ホテルのお兄さん…。皆、異口同音に「マラウィは危ない」という。マラウィが、かつてイスラム過激派のモロ民族解放戦線の拠点であったことは、話には聞いていた。それにしても、現地に近い人々の口から、実際に「危ない」といわれると、さすがに恐ろしくなる。それでも、ここまで来たからには、行かねばなるまい。
親切な店のおじさんが、どうしても行くなら、親戚の屈強な男を貸してやるから、一緒に行けという。ただし、マラウィに泊まってはいけない、明るいうちにイリガンの町まで戻ること、と念を押される。用心棒付きの旅など初めてである。
翌朝、レイナードという髭もじゃの大男と、バスでイリガンへ。海岸の道をぶっ飛ばし、2時間ほどである。ここで、相乗りタクシーに乗り込み、マラウィまで一時間弱。町の看板にはアラビア文字が踊り、ガソリンスタンドまでマラナオ民族独特の模様で飾り立てられている。同乗者のムスリムの親子を町でおろし、町から15分ほど離れた、ラナオ湖を見おろす高台にある、MSUに行ってもらう。MSU(ミナダナオ・ステート・ユニヴァーシティ)は、フィリピン第2の大学。モロ民族解放戦線に占拠されたこともあり、政府軍の厳重な監視下にある。この大学の博物館で、情報が得られるはず…であった。ところが、閉まっている。まあ、よくあることだ。用心棒氏と待つことしばし、午後の開館時間である13:30を10分も過ぎた頃であろうか、あきらめかけた頃にようやく奥から人影があらわれる。展示はなかなかのものであったが、肝心の口琴情報がどうもはっきりしない。それでも文献などをいくつか教えてもらうことができたのは、せめてもの収穫、と自分をなぐさめた。
15:30、教職員をイリガンの町まで送り届けるという、大学のジープに便乗させてもらい、イリガンのホテルに泊まる。あまり役に立っている風でもない用心棒役のレイナード君には、カガヤン・デ・オロまで帰ってもらうことにした。
翌日は、きのうのジープで一緒だった、教員のN氏がつきあってくれた。マラウィの町中をあちこちと探しまわり、やっとのことで製作者を知っている、という人物に会えたのであった。製作者は山の中の村に住んでおり、頼めば一週間ほどで楽器はできるという。直接のやりとりではないのが心もとないが、ここは頼むしか手はない。手付け金と、村までの交通費を支払う。残金は、N氏に預ける。
このとき、N氏が言うには、マラウィの町に降り立ったのは、今日が初めてだとのこと。大学と町とは、こんなにも近くにありながら、隔絶した存在だと思い知らされる。今立っているこの道で、何人もが殺された。自分の学生も、この春に誘拐された。同僚も最近誘拐され、身代金を払って解放された…。私の命があったのも、髭もじゃの用心棒氏のおかげだったのかも知れない、とあらためて思いなおす。
日本に帰って数カ月後。N氏から、5本の口琴が届いた。枠を弾くタイプの、竹製の口琴である。持ち手の装飾が美しいばかりでなく、楽器としての性能も、非常に高い。何よりも、信頼するに足る人々の存在がうれしかった。
できることならば、今一度ミンダナオを訪れ、マラナオの口琴クビンの、製作や演奏の現場に立ち会ってみたいものである。 |
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03. 中国 寧夏回族自治区 / 口口(回族)
Ningxia Hui Autonomous Region, China / koukou of the Hui [2002.04]
前回ご紹介した、枠を弾くタイプの口琴と、ここに登場する、紐を引くことによって音を出すタイプの口琴の違いは、単に紐があるかないかだけの違いではない。構造、すなわち楽器各部の厚さの配分が重要なポイント。試しにムックリの紐を取り去って弾くと音が出るか、やってみればすぐわかる。もちろん音は、全く出ない。逆に、例えばフィリピン製の弾く口琴に紐をつけてみるのもよい。要は、どこで振動を支えるか、といった、バランス構造が根本的に違うのだ。深い。
さらに、紐を引くことによって弁を振動させるタイプの口琴は、その構造によって3種類に分けられる。
1. 紐が弁の根元についている。アイヌのムックリ、キルギスのジガチ オーズ コムズなど。
2. 紐が、枠についている。バリのゲンゴン、ラジャスタンのゴラリヨなど。
3. 紐が枠についていて、引く方向が異なる。パプアニューギニアの口琴。
一見些細な違いだが、この差は案外大きく、1は北方アジア、2は東南アジアとその周縁部、というふうに、比較的きれいに分布域が別れる。
とはいえ、どちらともいえないものもあるのが世の恒。この回族の竹口琴も、弁を振動させるための紐(写真では右側)がついている位置がはっきりしなく(というよりは、弁の基部がどこから始まるのか明確ではない作りであるため)、これまで決め手を欠いていた。が、最近やっと気がついた。紐が向こう側に出るようにセットして、最初にひと引き引いたときに、向こう側に飛び出すのが弁の最初のムーブメントであれば1、手前側に飛び出るのであれば2、である。
そんなわけで、この口琴は、1. でムックリと同タイプ。口にくわえる部分には、おそらく隙間を狭くする工夫として、薄紙が貼ってあり、性能はかなりよい。
回族は、7?13世紀に中央アジアから移動してきた、イスラム教徒。漢、ウイグル、モンゴルなどの民族と同化し、容貌は漢人と全く変わらない。このような竹口琴のほかにも、小型の金属口琴をもち、歌垣の際に用いるという。 |
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04. 台灣 / ルブ セパッツ(泰雅族)
Taiwan / lubu sepats of the Atayal [2002.06]
弁を振動させるための紐が、枠についているのが東南アジアとその周辺地域の紐口琴。中でも台湾の北部山地に住む泰雅(タイヤル)族の口琴は、竹の枠から弁を切り出したものと、竹の枠に真鍮性の弁をセットしたものの2種類がある。さらに竹枠真鍮弁のものには、1弁、2弁、4弁、5弁などがあり、その種類の豊富さは特筆に値する。特に、弁が複数ある口琴は、世界でも例は少なく、4弁5弁といった多弁のものとなると、他に全く例がない。
竹の表皮の方を口にあて、左手で保持した楽器の本体を回転させながら、必要な音程の弁のみを口中に響かせ、他の弁は唇でミュートする。恋愛の場で、言葉を交わすのに使われたとのこと。飾りの毛糸も可愛らしい。
楽器名の、ルブは口琴のこと、セパッツは4を表す。つまり4弁口琴ということ。こんなに特殊な発達を遂げた口琴文化がすぐ南隣にありながら、沖縄に口琴の伝統がないのは、どうしてなのだろう? |
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05. パプアニューギニア 南高地州 / ソケ(エラヴェ族)
South Highland province, Papua New Guinea / soke of the Erave [2002.07]
竹製の口琴のなかでも、特殊なのがこのタイプ。弁の先端側にある把手をしっかりともち、表皮の方を唇に軽く当て、右手で、枠の端の紐を、ムックリやゲンゴンなどとは反対方向に引きながら、同時に弁の基部を右手親指の付け根で打つ。このような複雑な仕掛けで弁を振動させる口琴は、ニューギニア島の東側にのみ存在する。
ニューギニアの公用語トク・ピシンでは、口琴はスサプと呼ばれる。英語のジューズ・ハープの訛りである。「石器時代の道具」でとうやって、弁と枠との繊細な隙間を作り出すのかは、楽しみをながら考えていただきたい。
同じニューギニアでも、西の方、インドネシア領に行くと、小型で、紐を外に(ムックリやゲンゴンと同じ方向に)引くタイプのものがあらわれる。では、ニューギニア島のどこにその境界線があるのか、ということを知りたくなるが、そのような研究をした人はまだいないらしい。なにせパプアニューギニア側だけでも800からの言語が存在するのだ。
この他にも、一部地域には、限定版、紐がなくて、弁を手で打って振動させる口琴などというものもあるらしい。どなたか口琴研究の進歩にその身を投じて貢献したいという方、ニューギニアの口琴の分布地図を作ってみませんか? |
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06. カザフスタン / シャンコブィズ
Kazakhstan / shankobyz of the Kazakh [2002.09]
口琴は、楽器もユニークだが、それを納めるケースにも面白いものが多い。特に、裸で持ち歩くと、どこかに引っ掛けそうで怖い、弁の先端部を保護するケースには、楽器を思いやる演奏者の心が見えてうれしい。実用性を追求したもの、美しい装飾のあるもの、動物をかたどったもの、様々である。
トゥヴァでは口琴ケースはブーツ型。ドイツでは靴型。何か関係があるのあだろうか?ある物をしまうケースが別のものの形をしている、という点も、よく考えるとあまり例がない。
2002年5月、カザフスタンで行なわれたシンポジウムに参加した。通訳をしてくれたのは、経済が専門の女性。音楽とは畑違いのこの人が、何と祖母の作った靴型の口琴ケースを持っていると言う。これにはびっくり、さっそく次の日に持ってきてもらう。
家の守り神的な存在だ、という木製のそのケースは、黒、赤、緑、黄で彩色されており、とても繊細だ。モダンに見える靴のデザインも、実際は、カザフ族の女性の伝統的なものだという。残念ながら、口琴そのものは失われている。
この女性の同族にあたる、現代アーチストの家に連れていってもらった。アルマトィの町からかなり離れた郊外に、アトリエ兼自宅を構える彼は、シャマニズム儀礼に基づいたパフォーマンスをしたり、様々な楽器をテーマにしたオブジェを作っている。演奏もできるが、伝統的な2弦のドンブラとは異なる発想の、実にユニークな「創作ドンブラ」も作ると言う。カザフ族の伝統からは離れた所にいるくせに、この楽器の魅力に触れたい自分には、ピッタリの楽器のような気がする。
彼に「靴」の話をすると、息子にレプリカを作らせる、という申し出。サイズは何号だ?と冗談をいいながら。
2-3日後に、あまりにもあっさりと約束通り出来上がった「靴」は、実によくできたレプリカだった。
ところで、皆さん、何か大事な物を靴の中にしまうことて、ありましたっけ? |
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07. アルゼンチン / ピラガ族のカドヘイデ
Argentine / kadoheide of the Pilaga [2002.11]
今年(2002)9月、ノルウェーで開かれた第4回国際口琴大会で、はるばるアルゼンチンからやって来ていた参加者に譲っていただいたのが、この口琴。特にアルゼンチンでは、口琴は切手にも描かれているほどなので、余程ポピュラーなのかとも思えるが、やはり思い違い、通常の情報源には浮かんでこない。南アメリカの口琴は、現物を見るのはこれが初めてのことだった。
左右非対称の、素朴なつくり。弁の先端は、軽くカーブがつけられた程度で、技術と道具があまり発達していないことが伺える。青・白・赤の単純明解な飾りの紐。それが枠に結び付けられているのは、珍しい。
アルゼンチンでは、口琴は、一般的にはトロンペ、あるいはトロンパなどと呼ばれる。この名称と、形状や素材から明らかなように、ヨーロッパ起源。アルゼンチンに口琴がもたらされたのは、19世紀後半とする説もあるが、スペイン製の陶器と一緒に発掘された口琴の例があることから、スペイン人とともにやってきた、とする説が有力となっているとのこと。
アルゼンチン北部のグラン・チャコ地域に住む先住民族は、18ほどの言語に分かれている。ここでの口琴の使用目的は、「女性を口説く」。となれば、飾り紐も必勝の思いを込めたチャームポイントなのだろう。
思えばこれで、5大陸の口琴がうちに揃ったことになる。アジア、ヨーロッパ、北アメリカの口琴をもっている人は多いだろうが、アフリカと南アメリカのものも揃ったコレクションは、世界にも数えるほどだろう。これはますます口琴博物館をつくらにゃならん。そうそうそれと、オーストラリア大陸には口琴がないから、同じ大洋州のパプアニューギニア。おっと南極にも口琴はない。あれれ?世界には7つも大陸があるじゃないか? 5大陸ってよく言うけどどれとどれとどれとどれとどれ? |
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08. サハ共和国 / ホムス(G.ブルツェフ製作)
Sakha Republic (Yakutia) / Khomus (made by G. Burtsev) [2002.12]
1997年8月の終わり。 朝早く、レナ川を渡る船着き場に向かう。サハでは8月の終わりはもう秋、寒い。きのうから降り出した雨のため、地面はドロドロにぬかるみ、やっと到着した渡し船から降りる車が、足を取られてうまく下船できない。つるつるのタイヤが混乱に輪をかける。身軽な徒歩旅行者は、乗船こそスムーズだが、吹きさらしの渡し船の上での長時間はつらい。手近な車に入れてもらう。親切な運転手、ありがたい。すぐ乗り込もうとすると、「靴の泥を落として入るように」と注意される。
向こう岸まで1時間半。知り合いの迎えのジープで、3時間近く、泥沼の中をさまよいつつ泳ぐように進み、やっとのことで村に辿り着く。約束の日を2日過ぎていた。この製作者には会えないかも知れない。そんな不安もあっただけに、彼が「遅かったね、来ないかと思っていた」といいながら出迎えてくれたときは、一安心した。
すぐに持ち出してきたのがこのホムス。弁は枠の環状部に3点で固定されている。これは、同族の高名な口琴製作者N.
ブルツェフが考案した、弁の振動を安定させるための工夫だ。弁の基部の円盤には、サハを象徴する鶴のデザインと、サハ/ヤクーティアの文字。枠の環状部にも繊細かつ大胆な模様が刻まれている。あまりの素晴らしさに、溜め息がでる。素晴らしいのは見た目だけではない。音も最高だ。白樺の瘤製のケースもいい。さすがは、サハ共和国大統領のナイフを作った人の作品だ。泥沼の強行軍の、気疲れも身体の疲れも吹き飛んでいた。 |
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09. キルギス / テミル-コムズ
Kyrgyz / Temir-komuz [2003.01]
中央アジア、キルギス民族の金属口琴のケースには、様々な形のものがある。幾何学的な装飾のもの、皮製の水筒をかたどったもの…。ユニークなケースの凝り様は、楽器の保護という本来第一義であるはずの目的を越えた、楽器に対する愛着が見える。このようなケースに対する考え方は世界共通で、これまでにも紹介してきた通りだが、その意味では、キルギス人の口琴に対する思い入れは、並み大抵のものではない。
何しろキルギスでは口琴は、「およそ千年の歴史のある」とキルギス人の自慢の種である、英雄叙事詩『マナス』にも登場する、由緒正しい楽器である。『マナス』は、マナス、セメテイ、セイテクの三世代にわたる英雄の活躍を描いた、「世界最長の」英雄叙事詩。口琴が登場するのは、初代の英雄マナスの結婚の場面である。
若き日のマナスは、婚約者カヌィケイと大喧嘩をし、肋骨を折るほどの一撃をお見舞いした。さすが荒々しい騎馬民族の英雄ともなると、やることが違う。しかし、賢いカヌィケイは、部族間の全面戦争を避けるため、「私は王の娘でありながら、骨を折られるような侮辱を受けたことも水に流します」と、口琴を手にマナスの前に立ち、美しい音楽を奏でたのであった。この時から、口琴テミル-コムズは、平和を象徴する楽器となった、という。
天山山脈の険しい山場に住む山羊(やまひつじ)をかたどった木製ケースに納められた、小さな金属口琴。ガールフレンドと喧嘩をしたら、チャンス到来。口琴を演奏させて、彼女の賢さをチェックしよう。(逆にあばらを折られても責任は持ちません。) |
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10. ニジェール / バンバロ
Niger / bambaro [2003.02]
アフリカにはもともと口琴はない。ただ、ヨーロッパ人がもたらした金属製のもの、そして、その影響を受けて、この写真の楽器のように、現地で手作りされるようになったものも僅かながら存在している。
アフリカで、口に共鳴させる楽器といえば、楽弓、口弓の類いの方がメジャーだろう。通常の弓の弦を弾いたり叩いたりして音を出し、それを口に共鳴させて音を変化させる。また、穀物の茎で作った、口腔共鳴パーカッションもある。このような、口琴のイトコとも言える楽器の分布域と、口琴の広がりとは、世界中をみても重なる地域ありまた重ならない地域ありで、面白い。
口琴は、ニジェールではソンガイ族の若者が演奏する、とされているが、この写真の楽器がソンガイ族のバンバロかどうかは実際の所はっきりしない。1973年にニジェールに行ったある画家が入手してきたものが、廻りめぐって筆者のところにやってきた。左右非対称の仕上がりが、アジア製のものとは違う味を醸し出している。ヨーロッパからやってきて、アフリカに腰を据えた金属口琴。現在でも演奏されているのだろうか? |
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11. ノルウェー/ ムンハルペ
Norway / munnharpe [2003.03]
ノルウェーの男たちは体格が大きい。さすがはバイキングの子孫?だ。そんな大男たちが、小さな口琴に夢中になっているのを見るのも、なにか微笑ましい。そして、そのゴツイ指先から、繊細な口琴とそのケースが生み出されるのが、少々不思議である。
写真の口琴は、おそらく真鍮合金と思われる金属の鋳物で、弁はノルウェー独特の楔止め。枠に四角い窓をあけておき、楔で弁を止めるこの方式は、弁が折れてもすぐに交換できるため、「ノルウェーの口琴こそ、真の演奏目的の楽器の証拠」と当人たちのご自慢である。
しゃれたデザインの木製のケースは、パズルのようになっており、口琴を取り出すまでにいくつもの手順を踏まなければならない。このパズルにも、いろいろなアイディアが詰め込まれたものがあり、古いケースなどには、実にユニークなものもある。やはり太い指先で、ああでもないこうでもないと小さなケースのあちこちを押したり引いたり。
ノルウェーの口琴は、ダンスの伴奏に使用される。演奏者は、通常、椅子に腰掛け、足で拍子をとりながら、倍音による旋律主体の音楽を奏でる。そのメロディーのリズムは、単純にして複雑。複合拍子などお手のものだ。
踊り手たちは、男女ペアの輪になって、ひたすらくるくると回転しながら踊る。ときどき入る、足踏みやブーツを手で叩くアクセント。静かで情熱的なダンスをサポートする、浮遊感溢れる倍音の旋律は、魔法のような陶酔に聞くものを引き込む。 |
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12. インドネシア ティモール島 / ヴェク
Timor, Indonesia / veku [2003.04]
全長375mm、幅15mm。竹製、比較的大型。素朴で荒削り。それでも、音を出すために押さえるべきポイントがちゃんと押さえられている。あきらかに、演奏を主眼においた、楽器としての口琴である。
そのポイントとは、もちろん、振動弁と、枠との隙間。この細い隙間を作り出すために、この口琴では、一旦、隙間を大きくあけた状態で先の尖った弁を切り出し、あとから、口の前にセットする部分(ちょうどよい用語が無い。Mike
Seegerは、その教則冊子で、フランス語アンブシュアembouchureを採用している)にのみ、2枚1セットの竹の薄片を取り付けている。このとき、本体側の表皮に切り込みを入れ、竹の薄片を挟み込んでセットするのがミソ。演奏直前の隙間の微調整も思いのまま。位置が決まったら蜜蝋で固定すればよい。実に合理的である。
このような工夫は、タイのアカ族やパローン族、雲南省の景頗族、カンボジアなどの竹口琴にも見られる。一応、地域限定版のアイディアといってよいだろう。
髪の毛ひとすじほどの隙間で、弁全体を切り出してあるタイプの口琴も美事だが、このフンのように、道具や技術の不足を、工夫で補っているものも好感度が高い。
弁の形は、基本的に、細長い二等辺三角形だが、枠の内側の縁に注目すると、「肩のある」弁の形に似ているのがわかる。もしかして、この工夫と、口琴の弁の「肩」の発生とは関係があるのかも知れない。
タイの東北部に住むラオ族は、お隣ラオスの基幹民族と同じ言語をもつ。ラオ族の音楽は、日本では、モーラムや、その伴奏に使われる、笙の一種ケーンの方が知られている。 |
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13. タイ / フン(ラオ族)
Thailand / hun of the Lao [2003.06]
全長375mm、幅15mm。竹製、比較的大型。素朴で荒削り。それでも、音を出すために押さえるべきポイントがちゃんと押さえられている。あきらかに、演奏を主眼においた、楽器としての口琴である。
そのポイントとは、もちろん、振動弁と、枠との隙間。この細い隙間を作り出すために、この口琴では、一旦、隙間を大きくあけた状態で先の尖った弁を切り出し、あとから、口の前にセットする部分(ちょうどよい用語が無い。Mike
Seegerは、その教則冊子で、フランス語アンブシュアembouchureを採用している)にのみ、2枚1セットの竹の薄片を取り付けている。このとき、本体側の表皮に切り込みを入れ、竹の薄片を挟み込んでセットするのがミソ。演奏直前の隙間の微調整も思いのまま。位置が決まったら蜜蝋で固定すればよい。実に合理的である。
このような工夫は、タイのアカ族やパローン族、雲南省の景頗族、カンボジアなどの竹口琴にも見られる。一応、地域限定版のアイディアといってよいだろう。
髪の毛ひとすじほどの隙間で、弁全体を切り出してあるタイプの口琴も美事だが、このフンのように、道具や技術の不足を、工夫で補っているものも好感度が高い。
弁の形は、基本的に、細長い二等辺三角形だが、枠の内側の縁に注目すると、「肩のある」弁の形に似ているのがわかる。もしかして、この工夫と、口琴の弁の「肩」の発生とは関係があるのかも知れない。
タイの東北部に住むラオ族は、お隣ラオスの基幹民族と同じ言語をもつ。ラオ族の音楽は、日本では、モーラムや、その伴奏に使われる、笙の一種ケーンの方が知られている。 |
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14. インドネシア ティモール島 / 名称不明
Timor, Indonesia / ? [2003.07]
昔、「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」といった人がいたが、「口琴の弁の基部付近に顔があってもいいんではないかい」というのが今月の口琴のテーマだ。
口琴の各部は、様々な人体の名称が適用されている。例えば、中央の振動弁は、多くの言語で「舌」。それを挟む2本の枠は、特に金属口琴の場合は「脚」あるいは「腕」だろうか。サハのホムスでは、さすがに口琴を国民楽器とするだけあって、各部の名称が細かく決まっており、そこにも身体の部位名が多く登場する。弁はご多聞にもれず「舌」なので、「舌」を納めている枠全体は、当然「顎(あご)」。枠の直線部分は何故か「脛(すね)」、その4つの面は、「頬」。弁の先端の、丸まったところは「耳たぶ」である。フィリピンなどには、振動弁を男性器、枠を女性器と考える民族もいる。
それはともかく、口琴に「顔」があるとすれば、ここだったのだ。どうして顔なのか、誰の顔か、他の部分は体のどこに相当するのか、といった詳しいことは一切不明。ティモール島のどの地域の何民族のものかもわからないので、情報募集中。
なお、パリの人類博物館の口琴コレクションのカタログには、パプア・ニューギニアのセピック川中流域のもので、全く同じ位置に顔がついている口琴が何本か掲載されている。 |
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これまでの口琴 アドヴァンスト ジェネレイション
Koukin of the Last Months "Advanced Generation" |
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口琴は、楽器としては未完成な状態で完成された、不安定な「もの」である。口琴を演奏するものは、他の楽器であれば一番重要な要素とは通常考えられない、「音色の変化」にまず積極的に関わる必要がある。このために演奏者は、自身の口、口腔を共鳴器として提供し、楽器の一部として機能する必要がある。そしてこの未完成さゆえに、口琴に対する様々なアイディアが付加されていく余地があるとも考えられる。
これまで、世界の様々な口琴の、基本的な姿を紹介してきたが、今回からは「Advanced
Generation」と題して、口琴に加えられたちょっと不思議なアイディアの数々を、「音量」「音程」「音色」など、様々な面から紹介していきたい。 |
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AG01. アメリカ合衆国 / ジューザフォン
U.S.A. / Jewsaphone [2003.09]
まず第1回目のこの「ジューザフォン」は、1930年代にアメリカで開発された、主として「音量」の点からの改良のアプローチである。AP&M社の製品。
口琴はとにかく音が小さい。大きくするには…そう、ラッパをつけたらいい。非常に分かりやすい。ただし、実行に移し、パテントまで取得申請する、となると、かなりの行動力を要する。AP&M社というのが、他に何を作っていた会社なのか未調査だが、なかなかみどころのある会社、と思うのは私だけだろうか。
口琴本体は、イングランド製の鋳物の口琴だが、晩年の非常に出来の悪いものとは異なり、性能はよい。そして、おそらくアルミ合金製のラッパの効果は? まあまあ、といったところか。あるとないとではもちろん違う。その程度かも。世界の他の口琴の99%までがラッパをもつに至らなかっところを考えれば、無用の発明だった?
帽子を前で開閉して、ワウワウ効果をやる、といった見せるパフォーマンスが必要かも知れない。 |
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AG02. インドネシア バリ島 / ゲンゴン
Bali, Indonesia / genggong [2003.10]
このハンバーグのような、亀の甲のようなものはいったい?
前回ご紹介した、ラッパつき口琴のインドネシア版が、これである。テベンtebenと呼ばれるこの「拡声器」は、椰子の殻製で、演奏時には、口琴を持つ左手で、その楽器の前に、丁度口を隠すような位置に左手で保持する。口琴は親指と人差し指でキープし、テベンは人差し指と中指ではさんで持つ(演奏している状態は、『神々の島バリ ?バリ=ヒンドゥーの儀礼と芸能』春秋社p.181写真などを参照)。
バリの口琴音楽は、必ず二人一組を基本として演奏される点、時として10人以上のアンサンブルで演奏される点など、それ自体口琴アドヴァンスト
ジェネレイションに相応しい面を多く持つが、ここでは、この拡声器に焦点をあててご紹介したい。
バリの口琴ゲンゴンは、サゴ椰子の中肋を乾燥させて作る。紐を引くための取っ手として、時として木製の大きな棒が取りつけられる。テベンには、椰子殻のほか、アルミ板、牛皮、ダンボ?ル紙などの素材のものがある。ここに紹介したものは、楽器と一体型だが、セパレートタイプも存在する。
さて、この「拡声器」、その効果のほどは? 演奏しているバリ人に聞くと、「音が大きくなる」という。だが、聞き手にとっては?うむむ、びみょー。確かに、音の流れに対して壁を作っているわけだから、少しは変わるはず。特に演奏者には、自分の出している音がよく聞き取れるようになるのかも知れない。「拡声器」という日本語に惑わされない方がいい。 |
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AG03. 南インド / モルシング (モールシン)
South India / morsing [2003.11]
口琴を演奏していて、いつかぶつかるのは、「音程」の問題である。
ひとりで口琴を楽しんでいるうちは、音程の問題は生じないかというと大間違い。人の口腔にはそれぞれ個性があり、それぞれの「口の音程」というものが存在するのだ。「口の音程」は、特に口腔の容積や、普段の話声の音程などと深く関わっている。
そして、例えば、もうひとりの口琴奏者と一緒にデュオをやってみよう、というとき。2つの音程関係ををどう設定するか。あるいは、他の楽器奏者、声などと合せたい場合。これは、調性のある音楽でも、調性に支配されていない音楽でも、どちらの場合も、口琴奏者のセンスまでも問われかねない、重要な問題である。というのも、音程としてピッタリあった口琴を使えばそれで済む訳ではない、という点に難しさがある。
南インドのカルナータカ音楽の場合は、その点に関しては確立したルールがあり、それに従っていればよい。すなわち、ボーカル、あるいは笛やバイオリンのキイにぴったり合っていればオーケー(もちろん、音程関係には様々なバリエーションがあるのだが…)。打楽器類も、チューニング可能なものはそのキイにあわせる。
口琴奏者としては、様々な音程の最低10本程度の口琴を持ち歩き、どんな音程でも即座に対応できる体勢を整える必要がある。「数」で解決を図るのだ。手のひらに収まる小さな口琴も、数がまとまってくると、重い。写真の南インドの口琴モルシングは、9本1セットで、それぞれの音程が、枠の環状部と弁の尻尾(枠の環状部より外に伸びた部分)に、線や点で音程をあらわすマークが施されている。
目安としては、縦棒1本が全音、斜棒は半音をあらわすらしい。例えば|はC、||||/はF#といった具合。
といっても、このマーク、絶対的なものではないらしい。以前、同じ製作者によると思われる同じマークのモルシング10本ほどの音程をくらべてみたが、半音程度のばらつきは当たり前であった。インドらしいおおらかさか。あるいは、奏者がチューニングの仕上げをするようになっているのか?
演奏にあたっての微調整は、口琴の場合非常に困難なので、取りあえずチューニングの容易な楽器や、ボーカルにお任せ。もちろん、蜜蝋やハンダなどの重りを弁の先端につけたり削ったり、という作業をやる奏者もいる。両面太鼓ムリダンガムや素焼きの壺ガタムなどのパーカッション類と対等に渡り合う、リズム奏法主体の南インドの口琴、一聴をお勧めしたい。 |
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AG04. バシコルトスタン / ネジ式クブィズ
Bashkortostan / screw type kubyz [2003.12]
音程の問題を解決するのに、「数」にたよらない方法はないだろうか。この問題の解決に、自らの口琴人生を捧げた男がいた。その名をローベルト ザグレッヂーノフRobert Zagretdinovという。知る人ぞ知る、バシコルトスタン共和国の発明口琴大王である。
ユーラシアをアジアとヨーロッパに分かつウラル山脈。その麓に、バシコルトスタン共和国はある。ロシア連邦内の民族共和国で、その基幹民族のバシコルト(バシキール)人は、チュルク語系の言語をもつイスラム教徒(一応)で、顔だちもヨーロッパとアジアの丁度中間的な感じ。国民楽器である縦笛クライをはじめとする民族音楽も、日本と全く同じ五音音階を使用しており、何かのつながりを感じさせる。歴史的には、13世紀にモンゴル軍のバトゥに征服され、キプチャク・ハーン国支配下に入り、17世紀にロシア支配下におかれる頃には、幾度となくロシアに対して反乱を起こしている。
首都のウファは、兵器産業が盛んである。そして、伝統的に「発明好き」な民族らしい。いつか日本の新聞で、前輪と後輪2本のタイヤの間に腹ばいになり、足のキック運動を後輪に伝えるピストン式新型自転車の記事をみかけたが、やはりウファ発のニュースであった。
口琴の世界にも、様々なアイディアを持ち込む伝統があるようで、世界のどこにもないような口琴が、何人もの製作者の手によって生み出されている。すぐれた金属加工の技術を、平和産業に流用し、自由な音程にチューニングできる口琴を発明した男を生み出したバシコルトスタンは、それなりに納得できる背景をもっていたのである。
演奏前に弁の長さを自由に設定するために、スライド式のストッパーを組み込み、音程が決まったら、ネジを締めてストッパーを固定する。ここまでは誰でも思い付くかも知れない。要は、そのアイディアを実現させる意志の問題である。表に1本、裏に2本のネジは、想像を絶する試行錯誤のあとを忍ばせる。特に、スライド式ストッパーは、どのような(微分音の)音程にも調律できる、すぐれたアイディア。この1本があれば、何本もの口琴を持ち運び、重い思いをすることもない。洗練されたフォームに確かな技術。口琴アドヴァンスト ジェネレーションの名に相応しい逸品である。 |
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AG05. バシコルトスタン / 4段階変速ネジ留めクブィズ
Bashkortostan / screw-stopping kubyz with 4-pitched "gear" [2004.01]
前回登場した、バシコルトスタン共和国の発明口琴大王ローベルト ザグレッヂーノフRobert
Zagretdinovの「ネジ式クブィズ」。そこへ至るまでの様々なアイディアの道のりの、途中のどこかに存在していたのが、今回の「4段階変速ネジ留めクブィズ」だ。
同じ「ネジ」が使われているが、その目的は異なる。前回の「ネジ式クブィズ」の場合、ネジは、スライド式ストッパーを「レール」に固定して音程(すなわち弁の長さ)を決めるのに対し、今回の「ネジ留めクブィズ」では、弁を枠に固定する方法として、ネジ留めを採用している。
世界のいわゆる「金属口琴」の、枠を弁に取り付けるやり方には、いくつかのバリエーションがある。代表的な、そして最もメジャーなものは、枠にホゾを刻んでおいて、弁をセットしてカシメる方法。シシリー島やノルウェーに特徴的なのは、枠に四角い穴をあけておいて、楔(くさび)で弁を固定する方法だ。ほかにもいくつかやり方はあるが、ネジ留め方式は、比較的新しい時代、ここ50年以内程度に生まれた方法だと思われる。
では、ネジ留めの利点は?弁の着脱が容易にできることだろう。この利点を利用したのが、「4段階変速ネジ留めクブィズ」で、弁の基部に4つの穴があけてあり、演奏前に望みの音程にセットすることができる。「ネジ式クブィズ」では、レール上のどの点にでも好みの位置にストッパーを固定し、僅かな音程の調整もできるが、「4段階変速…」には、そのような自由度はない。使えるのは4つの音程のみ(大きい穴の場合は、少し余裕があるので、僅かな微調整ができる)。しかも、弁自体を前後に移動させるため、口琴の命である、弁と枠との僅かな隙間が、どの音程でもベスト、という訳にはいかないのも、この方式の問題点ではある。
とはいえ、製作者の思考の過程が伝わってくるこのような作品は、見ているだけでも楽しめ、いくら見ていても見飽きることがない。(え?口琴は見るものじゃないって?そりゃそうだ。) |
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AG06. オーストリア / 取り替え用振動弁つき口琴
Austria / "Jakutische" Maultrommel with changeable tongues [2004.02]
「ネジ」シリーズ第三弾は、オーストリアから。ヨーゼフ ヨッフェン製作のこの口琴は、長さの異なる2本の振動弁が標準装備されており、使用目的に応じて、音程を選べるようになっている。ここでは、ネジの役目は、弁を枠に直接固定するのではなく、弁を枠に固定するためのパーツを、枠に2箇所で固定する。このパーツは、枠の環状部中央に刻まれたホゾに、弁を押さえ付けて固定するように設計されており、ネジは、間接的に弁の固定に関わるのだ。
写真の楽器では、短い弁(平らな部分約62.5o)がG、長い弁(同約64o)がFを想定して作られている模様。模様…というのは、2本の弁の差はごく微妙なもので、同じ音程にもセットできる。もしかしたら、1本は、折れたときの予備なのかも知れない。
発想は非常にユニークだが、弁の取り替えには時間と手間がかかり、GとFにそれぞれチューニングされた2本の楽器を手に入れた方が余程実際的である、という点を指摘されると非常につらいものがある。
この楽器の作者ヨーゼフは、サハのホムス製作者イヴァン フリストフォーロフを自らの工房に招いてホムスの製作技法を学んだり、ノルウェーの口琴ムンハルペの製作技法を取り入れたり、といったことを実践し、楽器としての機能を一時は失いかけたオーストリアの口琴の品質向上に力を尽くしている。
口琴製作の国際交流のひとつの結晶ともいえる写真の口琴、「ヤクーティッシェ」という命名だが、実際にはこのような構造のホムスは、サハ(ヤクート)にはない。大きさも約63oと小型で、100o程度を標準とするホムスとは随分違う。サハのホムスに似ているのは、枠の丸い部分の形のみ、といった所だろう。 |
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AG07. バシコルトスタン / スライド式クブィズ「トロンボーン」
Bashkortostan / slide kubyz "trombone" [2004.07]
発明口琴界のチャンピオンは、なんといってもこの「トロンボーン」口琴だろう。別名「ピストル口琴」、銃口を口に入れるのはちょっと危ない? このアドヴァンスト ジェネレイションの常連、バシコルトスタン共和国の発明口琴大王ローベルト ザグレッヂーノフRobert
Zagretdinovの自信作。なにせ、演奏中に(ここが重要)楽器の基本音を、スライド式に変化させられるのだからすごい。こんなことを考えた口琴製作者はどこにもいない。ベアリング、スプリングなどを組み合わせ、不可能を可能にしたローベルトの熱意には脱帽。
ちょっとした細かいアイディアももちろん盛り込まれている。例えば、フレーム上辺の二つの小物体は、ネジ留めで可動式のストッパー。スライド部の移動幅、つまり移動音程の幅を設定できるようになっている。たとえば、C?Fの間を往復し、ベースのような効果も出せる。
難点としては、「基本音が変化する」という、口琴としてはあまりの離れ業に目がいってしまいがちで、ひとつの音程の中の世界を探究していくうちに広がりがみえてくる、本来の(と筆者は思う)口琴音楽の面白さがいまいち効果的に演出できないことだろう。使い方はまだまだ研究の余地あり。 |
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これまでの口琴 サハのホムス
Koukin of the Last Months "Sakha Khomus" |
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S01. サハ共和国 /ホムス(製作者不明)
Sakha Republic (Yakutia) / khomus (unknown maker) [2009.02]
1992年8月、サハ共和国ヤクーツクで、第一回シャマニズム会議が開かれた。このとき参加していた、治療師・預言者のA.L.さんから、レナ川に浮かぶ船上でいただいたのがこのホムスだ。A.L.さんには、私の未来も見ていただいた。振動弁と枠の隙間がちゃんと合っていなくて、いい音がしないなど、楽器としては、それほどのものではないが、これ以降、サハとの付き合いは深くなっていった。私(直川)にとっては、魔法のホムスなのだ。 |
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2014 特集 馬と口琴
Koukin of the Last Months "Sakha Khomus |
2014年は午年。ということで、今年の「今月の口琴」では馬にまつわる口琴をご紹介していこう。 |
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H01. ホムス(ニュルグスタン ウヴァーロフ製作) / サハ共和国
khomus (made by Nyurgustan Uvarov) / Sakha Republic (Yakutia) [2014.01]
まずは、馬を最も大切な動物と考える、東シベリアはサハ民族のホムス。
工芸品としてもレベルの高い作品であり、同時に、楽器としても非常に完成度が高い。まさに珠玉の逸品。製作者は、ニュルグスタン ウヴァーロフ。ナム地区の口琴製作者、インノケンティイ ガトーフツェフの弟子である。
師と同じく、金属板から枠を切り出す手法で作られたホムスは、振動弁への打撃に対する反応もよく、音も力強く大きい。
枠の裏表には、サハの伝統模様が施されており、裏面には製作者の頭文字УНをデザインした銘が入る。
木製のケースは、馬をモチーフとした、機能的かつ芸術的なもの。馬は、騎馬遊牧民であるサハ人にとって最も大切な動物であり、口琴を使って、馬の速駆けの蹄の音や、いななきなどを表現するテクニックも盛ん。口琴を抑えるための皮紐は、首からペンダントのように下げるための紐でもあり、同時に、馬の手綱をも表現している。
尻尾のかわりには、夏には蚊を、冬には雪を払うための、デイビールという名の払子状の道具のミニチュアが取り付けられている。もともと、デイビール自体が、馬の尻尾の機能を人間が採用したものであり、その逆輸入?の発想がユニークだ。<直川礼緒> |
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H02. ホムス(インノケンティイ ガトーフツェフ製作) / サハ共和国
khomus (made by Innokentii Gotovtsev) / Sakha Republic (Yakutia) [2014.02]
先月に引き続き、馬を最も大切な動物と考える、東シベリアはサハ民族のホムス。
先月ご紹介した、ニュルグスタン ウヴァーロフの師に当たる、ナム地区の口琴製作者、インノケンティイ
ガトーフツェフの作品である。
鉄の板から枠を切り出す手法は、ガトーフツェフの発明、というわけではないが、様々なデザインの枠を作り出した先駆者といえば、やはりこの人。サハの様々な伝統的な文化要素を視覚化し、口琴の枠に表現する手腕は、並大抵のものではない。しかも、デザイン重視の製作者の常として、音がおろそかになりがちだが、この人の場合、音にも決して妥協を許さない。
枠全体を馬の立ち姿になぞらえ、枠の裏面全体にサハの伝統模様が施す。ガトーフツェフのサハ語名ホトゥオプサプの頭文字Хをデザインした銘入り。
枠の表側の、振動弁の取付け部は、鞍をデザインしたパーツで、ネジを隠している。
白樺の瘤製の簡易ケース入り。<直川礼緒> |
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H03. ホムス(アレクセイ スクリャービン製作) / サハ共和国
khomus (made by Aleksei Skryabin) / Sakha Republic (Yakutia) [2014.03]
先月・先々月に引き続き、馬を最も大切な動物と考える、東シベリアはサハ民族のホムス。
サハ共和国東南部、アンマ地区サタガイ村の口琴製作者、アレクセイ スクリャービンの作品である。
楽器自体は、サハのホムスとしてはごくオーソドックスな形のものだが、木製のケースが馬を象っている。もともとサハには、木の枝を使って作る、もう少し小ぶりの馬や牛の玩具がある。
私達が馬の絵を描くとき、首を立てている姿を想像しがちだが、サハの馬の絵は、多くの場合首を水平に倒している。実際の馬の写実的な表現といえるだろう。<直川礼緒> |
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H04. ホムス(ヴァシーリイ オーシポフ製作) / サハ共和国
khomus (made by Vasilii Osipov) / Sakha Republic (Yakutia) [2014.04]
今月も、東シベリアはサハ民族のホムス。
サハ共和国中央・南西部、ハンガラス地区ウーラーハ アン村の口琴製作者、ヴァシーリイ
オーシポフの作品である。
この作者は、サハの伝統的な、女性の銀製の胸飾りなどの装飾品も手掛けていた。このホムスも、彼の技術を生かして、環状部に、サハの伝統模様の透かし模様のプレートが取り付けられたもの。プレート中央には、ホムスを演奏する男性の姿も。おそらく、同じハンガラス地区の有名な口琴奏者スピリドン
シシーギンを象っていると思われる。
これのどこが馬に関係あるのか? 木製のケースの裏側、丁度口琴の振動弁の先端、直角に曲がった部分が収まるところが、何と馬の蹄の形に作られているのだ。<直川礼緒> |
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H05. ホムス(エゴール マンダーロフ製作) / サハ共和国
khomus (made by Egor Mandarov) / Sakha Republic (Yakutia) [2014.05]
またまたサハ民族のホムス。
サハ共和国の首都、ヤクーツクの口琴製作者、エゴール マンダーロフの作品である。
ケースが、馬を繋ぐ柱「セルゲ」の形。セルゲは、例えば結婚や、大きな夏至祭りなど、何かのイベントを記念して立てられることもあり、またトーテムポール的な意味もある。家族、賓客の歓待、などの象徴とも考えられる。
そのセルゲに守られたホムス、という感覚もあるのだろう、ホムスのケースのモチーフとして、セルゲはよく使われる。縦半分に割った状態のセルゲ・モチーフのケースなどもよく見かける。
この作品は、蓋上のセルゲの本体をカパっとはずすと、下部のスタンド状態の部分に立ったホムスが現われる、という仕組み。最上部には、馬乳酒を飲むための木製の杯チョロンが鎮座している。ホムス、セルゲ、チョロンはどれも、サハの民族意識をあらわす重要な小道具である。<直川礼緒> |
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H06. コムス / アルタイ共和国
komus / Altai Republic [2014.06]
今月は、南シベリアはアルタイ民族のコムス。
アルタイの口琴には、大型のat komus(馬のコムス)と、小型のkoi komus(羊のコムス)とがあったという。
この口琴は「馬のコムス」だと思われる。何しろ、白樺の瘤製のケースが、馬の首のデザインだ。手綱のイメージの紐で、首からぶら下げられるようになっている。枠の環状部の点々模様も、蹄鉄の釘穴を思わせる。
モンゴルのホーミーの曲として有名な「アルタイ山讃歌」では、必ずと言っていいほど、イントロで口琴が鳴らされるなど、アルタイと口琴は何故か関係が深い。
2002年の作品。 <直川礼緒> |
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